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筏丸けいこ『人間ポンプ』

かつて「人間ポンプ」と呼ばれた芸人のいたことを、ご存知だろうか。

「飲んだものを口から出す。ビー玉、碁石、時計、卵の黄身、近業、飲んだガソリンを吐き戻して引火させる火吹き」の大道芸。一見して魅せられたという詩人の筏丸けいこが、8年間におよぶインタビューをもとに、書きおろした「人間ポンプ」こと園部志郎伝。

 

本にしたいと相談を受けたとき、見せられた取材資料は、段ボールにぎっしりあった。しかもそれらは、20年間しまってあったという。「人間ポンプ園部志郎の生涯を、どうしてもほかの人と共有したい」という著者の話を聞き続けるうち、いつかこちらも必死になっていた。

話を聞きたいと必死に食らいつく著者の熱。応えてビー玉やヘビをのみ込む、その手つき身体つきを何とか言葉で伝えようとする園部の熱。そこに生まれる、読者の身体をしてもぞもぞさせるような文体。

鮮明に特徴だったこれらの「言葉」を、平らに均すことなく、けれど隔たり無く、読者に届く形にするにはどうしたらよいか。

 

ひとりの人間の一代記ではある。けれど大道芸人らしく、あっけらかんとした明るさ、ふらり通る道端で、ふと目にするような気軽さがほしい。

上製本ではなく小型の並製本、一般に馴染みのある新書版より少しだけ大きな小B6判でいってはどうだろう。わずらわしいカバーはなしで、その代わりに汚れにくい少し厚めの紙で、小口折で補強する。著者と相談してそう決めた。

一方で著者の筆は、ただただ快活なばかりでない、「間違えば死ぬかもしれないという恐怖をかかえて芸をやる人の孤独」、「自分の体=芸」という極度の緊張をもとらえてゆく。

文字や組版にはきりりとした緊張感をもたせて、着飾った過剰さは排除したい。文字サイズは小さめの12級にし、開きよい糸かがりを採用してノド小口の空きもぎりぎり少なく。

代わりに一冊に風が通るように、天地の空きは広めにとる。フォントはヒラギノ明朝体+游築五号仮名を使用。小刻みに入る小見出しは、うるさくなく目立つように14級で、フォントは古風な筑紫アンティークSゴシックを使用した。

また前口上とあとがきには、筑紫アンティークL明朝を使った。

そもそも大道芸は視聴覚芸術である。

ゆえにこそ広く大衆に受け入れられてきたことを思えば、本にも視覚的要素が欲しいと思った。実際取材資料には、写真も多く含まれた。

が、検討して最終的にこれらの使用は見送った。

「人間ポンプ」の命がけの芸は、写真で切り取ると妙に生々しく、生身の芸人の身体は悲壮にさえ写る。それは事実に違いない。けれどきっとその場所では、芸人と観衆とが緊張を共にした一瞬の静寂ののち、わきあがる歓声があったはずだ。その芸に備わる天衣無縫な「明るさ」が、写真では伝えられないように感じた。著者の筆がしっかりと守り通したように、人間ポンプの孤独も追い詰められた緊張も、暴露としてでなく、あくまで、ちらりと見える胸の内、として存在するのでなくてはだめだ。

 

考えあぐねているとき、著者から園部の営んでいた料理屋のマッチ箱が送られてきた。南天のど飴の赤い空き缶に入れられて、長年大切に保管されていたらしいそのマッチ箱には、小さく人間ポンプが描かれ、お腹には電燈が灯り小さな魚が一匹。裏には「おにぎり、お茶漬、季節料理」とあって、思わずくすりとなる。

これを使おうと決めた。

表紙に少し大きめに、中見出しの頭にも小さく、配置した。

人間ポンプの生の姿は、雑誌切り抜き記事を一部引用することで、時代の空気と共に伝わるよう工夫した。(段ボールの資料は各所で活きた。)

著者である筏丸の熱が伝えたひとりの芸人の、臓腑からひょいとでてきた言葉が、たくさんの方のもとに届きますように。

 

 

🌼おまけ(『週刊新潮』書評、著者の許可を得て頒布)


2017年5月5日

著者・筏丸けいこ

発行所・フラミンゴ社

編集組版・前田年昭(汀線社)

印刷・モリモト印刷

製本・カナメブックス

定価・1389円+税

 

頁数・178頁

判型・新書版

綴じ・糸かがり

製本・並製、小口折、スピンあり、見返しあり

本文用紙・琥珀(B/55K)

表紙・パミス(46/200K古染)

見返し・色上質紙(特厚藤色)

本文フォント・ヒラギノ明朝体+游築五号仮名12

前口上とあとがき・筑紫アンティークL明朝

小見出し・筑紫アンティークSゴシック